はな劇場

地下1階。土壁に囲まれた、アップライトピアノとステージだけの場末パブ。Googleマップには載っていません。

【小説】今夜も独り飲み ミモザの章

「マスター、こいつ、こう見えてもウエディングプランナーなんっすよ!」

「知ってるよ」

 いつも仲良く二人組でやってくるT君とマサルは、すでにけっこういい気分で酔っ払っているようだった。童顔でちょっとばかり天然が入っているマサルは、常にいじられる側だ。

 

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「ウエディングプランナーっていってさー、自分のウエディングはいつプランニングするんだよ、って話!

「うるさいなー、ほっといてくれよ」

 これまで度々転職を繰り返してきたマサルが、ウエディングプランナーとしてまったく異業種に就いたことはみんなを驚かせた。でも、なぜか本人はその仕事が気に入っているようで、今回が一番長続きしていた。

 何でもあけっぴろげにおしゃべりするため、彼の恋愛遍歴も、常連客の間では周知のことだった。

「最後の女と別れてどんだけになるんだよ」

「いいんだよ、俺のことは」

 

 店に初めてやって来た頃は、甘いマスクで女性客に人気がないこともなかったマサルだが、ここ数年、少しばかりおじさんクサくなってきた。正直、童顔のおじさんというのは、あまりいただけない。

「確かに、そろそろ何とかした方がいいかもな」

 少し苦笑して言うと、マサルは情けない顔をした。

「マスターまで、そうなこと言うっすかー。誰か、女紹介してくださいよ…」

 彼がそう嘆いたとき、お店のドアが開いて客が入ってきた。

 

「あー、疲れた! マスター、なんかカクテル作って!」

 常連客のケイコさんだ。書類鞄をドサッと隣の椅子において、T君の隣に一席空きで座った。

「お疲れ様です。何を作りましょうか」

「今日、ウエディングだったのよ。シャンパンベースがいいわ」

「ミモザでも作りましょうか。新鮮なオレンジが入ってます」

 ミモザはシャンパンとオレンジジュースを半量ずつビルドしたカクテルで、ミモザの花の色にちなんでその名前が付けられた。透明感のあるきれいな黄色い色に、シャンパンの炭酸が華やかさを与えてくれる。

「あら、素敵。お願いします」

 

 ケイコさんは店の開店時からの常連客で、おそらく30代前半、なかなかの美人でキャリアウーマンでもあり、男性客の中には密かに憧れる人も多かった。

「お姉さん、今日、結婚式だったんすか?」

 ノリノリのT君が不躾に話しかけた。

「まあね。私の結婚式じゃないけど」

「そうですよねー。花嫁さんが挙式後にこんなとこで一杯って、ありえないっすよねー」

「T君、こんなとこで、って言い方はないんじゃないかな」

 私はオレンジを絞りながら、酔った勢いでケイコさんにちょっかいを出そうとするT君を軽くたしなめた。

「おっと、すいません!」

 そう言いつつT君は、美人女性客に絡むのをやめる気はないようだった。


「お姉さん、こいつさ、実はウエディングプランナーなんだけど、どうっすか」

「何だよ、また俺の話かよ」

「お待たせしました」

 私は、ミモザの注がれたフルートグラスを静かに置いた。

「ありがとう」

「俺に言わせれば、他人のウエディングより、自分のウエディング何とかしろよ、って感じなんっすけどねー」

 彼はおもしろいことを言っているつもりなのだろう。だが、相手を間違えていた。

 ケイコさんはミモザを一口飲んでから、チラっとT君を見て言った。

「何それ、独身はウエディングプランナーやっちゃいけないってこと?」

 T君にしてみれば、想定していなかった反応だったのだろう。彼は少し鼻白んで、

「いや…、そういうわけじゃないんっすけど。やっぱ、ウエディングプランナーっていう限りは、自分のウエディングなんとかしてからにしろよ、ってね」

 さすがにこれはいけない。私は彼を黙らせようと試みた。

「T君、ケイコさんはね…」

 すかさず、本人のケイコさんが、

「私、これでもウエディングプランナーです。しかも独身ですが、それが何か?」

と、彼を睨みつけたのだった。これにはさすがのT君もまずいと思ったらしい。

「いや、その、そうっすか。まあ、そんなつもりじゃないんですけどね」

 しどろもどろになるT君。

「ちょっとすみません。ちょっと失礼…」

と、居心地悪そうにトイレに立った。トイレのドアが開いてバタンと閉まる。あとに残されたマサルは落ち着かない。

 

「あの、すみません。あいつちょっと頭悪いんで」

「あなた、仕事にプライド持っているんなら、独身でも何でも関係ないでしょ。あんな風におちょくられて、言い返さないの?」

「…いやー、その。プライドといっても、僕、たまたま就活したら採用が決まったなりゆきで…」

 ケイコさんはため息をついて、ミモザを飲み干した。

「ウエディングプランナーというのは、人の一生の中でも最大イベントの一つに関わる仕事なのよ。そんな中途半端な気持ちでやってるなんて…、お願いするカップルがちょっと気の毒ね」

 彼女の嫌味にしゅんと気落ちするかと思いきや、マサルも何かが引っかかったようだった。へらへら笑っていた顔が、すっと引き締まった。

「いや、僕だって、いちおう、今の仕事にはやりがいを感じてるんです」

 いつもふにゃっとした彼の割にははっきりした口調で、違う一面を見たような気がした。しかし、そこでトイレから出てきたT君が、また雰囲気をかき乱した。

「おい、マサル。俺呼び出しかかっちゃったよ、次、さっちゃんに会いに行かなくちゃ…。マスター、お勘定!」

 さっちゃんは最近彼が気に入っている、近くのチャイナーバーの女の子だった。バタバタと退散しようとするT君に引きずられるように、マサルも店を出て、急に店内は静かになった。

 「ケイコさん、気分を悪くさせてしまいましたね」

「あら、いいのよ。マスターのせいじゃないわ。次、何がおすすめ?」

 彼女はやさしく笑って、空になったミモザのグラスを押し出した。

 

 

 一ヶ月後、T君がめずらしく独りで店に入ってきた。

「いらっしゃい。今日はひとりかい? めずらしいね」

「ちょっと聞いてくれよ、マスター」

 入店して早々、口をとがらせている。なんだか、気に食わないことがあったらしい。

「この前さ、ここでちょっとした美人に会ったじゃん?」

「ああ、ケイコさんのことかい?」

「そう、そのケイコさん! マサル、彼女と結婚するんだってよ! マスター、知ってた?!」

「えっ?」

 彼の話によると、同じ業界の二人のこと、その後共通の知人を通じて連絡を取り合い、恋愛関係に発展したのだとか。

「なんだよ、おいらより先にまとまるなんて…。あれ、いい女だったのになぁ。なんでマサルなのかなぁ」

 男と女のことは分からない、というが、姉さん女房的なケイコさんといじられタイプのマサルは意外とお似合いなのかもしれない。

 それにしても、店のマスコット的なマサルがケイコさんを射止めたとなると、他にもがっかりする男性客が増えるだろう、と私はそっと苦笑した。次回二人がいっしょに来店した時のために、ちょっぴりいいシャンパンを仕入れておこう、と考えながら。

 

 

*この物語は100%フィクションです。実在の人物は何人たりとも関連しておりません。