はな劇場

地下1階。土壁に囲まれた、アップライトピアノとステージだけの場末パブ。Googleマップには載っていません。

【小説】今夜も独り飲み 十四代の章

「マスター、おはよ。いつもの、あるかな」

 独り飲みする客の中でもいつも羽振りがいい藤野さんは、業界人みたいに夜でも「おはよう」とあいさつする。

「ありますよ」

 私は彼のお気に入りの日本酒、十四代の一升瓶を冷蔵庫から取り出してカウンターに置いた。

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 十四代は希少な日本酒としてプレミアがつくくらいの人気酒だ。非常にまろやかでスムーズな飲みやすい「キレイ」系のお酒。店で扱っている酒の中でも高級品に入るので通の人しか飲まないが、海外からやってくる日本酒マニアにもよく売れるため、入手可能な限りなるべく店に置くようにしている。

 
 藤野さんの前にワイングラスを置き、十四代を注いだ。

「ありがとう」

 彼は、ちょっと気取った笑顔で言って、もったいぶった動作でワイングラスを手に取った。

「やっぱり、いいねぇ、仕事の後の一杯は」

 グラスの半分くらいを一気に流し込み、グラスをカウンターに置く。

「そういえば、あの人、最近来てる? ほら、Mさん」

 Mさんは二年ほど前からちょくちょくお店に来ていた人だ。何をやっているのかよくわからない雰囲気の人だが、ビジネスに成功したらしく、去年あたりから豪快にお金を使うようになっていた。一番高い酒を注文したり、店の客すべての支払いをしたり。

 でも、そういわれれば、以前店に来てから少し時間が経っていた。

「いえ、最近はあまり見ていませんね」

「ああ、そう。やっぱりね」

 藤野さんの言葉がちょっと気になった。

「何か、ご存知なんですか?」

「彼ね、ネットビジネスで荒稼ぎしていたの、マスター知ってる? 前にチラっと話したことがあるんだけど、アダルト系とか、やってたらしいんだよ」

「もしかして、アフィリエイトとかいうやつですか?」

「あれ、実はマスターもやってる?」

 藤野さんは少し身を乗り出してきた。目がいたずらっぽく光っている。

「いえ、私はやってないですが、最近よく見かける言葉なので」

 あわててそういうと、彼はいかにも楽しそうに、続けて語った。

「アフィリエイトってさ、安定しないんだよね。最初はうまくいってまとまって稼げるからね、勘違いしちゃう人もいるんだけど。Googleのアップデートとかで軽く飛ばされることもあるからねー」

 最新のテクノロジー系の話題に疎い私には、彼のいう言葉があまりよく理解できなかったが、黙って聞いていた。

「稼いでた人ほど、打撃が大きいよね。マスターも商売やってたらわかるでしょ。安定しないじゃん、こういうビジネスって何でもさ」

 私は普段、客の方から話し始めない限り、その人の仕事のことは話題にしないようにしている。だから、この藤野さん自身の仕事のこともあまり尋ねたことがないのだが、この話しぶりからすると、おそらくMさんと同じ業界の人なのだろう。

「ああいうタイプはさ、ちょっと金払いがいいからって、ツケとかさせちゃ駄目だよ、マスター」

「うちには、ツケというようなシステムはないので...」

 私の言葉を聞いているのか聞いていないのか、彼は、

「おお、そういえば俺もか、ははは」

と、笑った。

 

 そういう藤野さんも、その後ぱったり姿を見せなくなった。すでに三ヶ月は過ぎているだろうか。ネットビジネスというのは、水商売よりもさらに水モノらしい。

 冷蔵庫の中で静かに冷え切った十四代のボトルを見つめながら、そんなことを考えた。