はな劇場

地下1階。土壁に囲まれた、アップライトピアノとステージだけの場末パブ。Googleマップには載っていません。

なぜ書き続けるのか、なぜ書くのを辞めてしまうのか

これだけたくさんのブログや情報がネット上にあふれている昨今ですが、それでも、本当にお気に入りのブログを見つけるのは容易なことではありません。

たとえ、誰かお気に入りのブログが見つかったとしても、気が付いたらいつの間にか更新が止まっていた、なんてことありませんか?

 

「好きだったのに、残念だなあ」

と思ったことは、私は一度や二度ではすみません。

 

それは、ブログにしても何にしても「書き続ける」ということがいかに難しいかを意味していることでもありますね。

 

どんなことも続けるのはカンタンではありません。

ヘンに聞こえるかもしれませんが、そこに「お金」が関係してくれると、さらに継続が難しいような気もします。

たとえば、副収入を得ようとしてブログを始める人は少なくないです。まあ、私もそうなんですけど。

 

そういうひとは、うまく稼げるようになればいいですが、しばらく書き続けてみても全然稼げないとなると、とたんに心が折れてしまう。お金が目的だから仕方ないですよね。稼げないからやめる、これは間違った選択でもありません。

逆に、運よく稼げるようになったとしても、それが長続きしないことも多い。あるいは、いったんは大きく稼げた人でもやがて売り上げが落ちてしまって、やる気がなえてしまうケースもあります。

 

だから、お金が目的の場合は、ちょっと危険ですね。いずれどこかで挫折しやすくなるものではないかと思います。

 

世の中には、お金はもらえなくても書きたいから書く、という人も少なくありません。

そういう人の中には、本当に地道に書き続けられる人もいますが、それでも、みんながみんな何十年も書き続けられるものでもないようで。

 

じゃあ、書き続けることができる人は、どうして継続できるのか。

 

最近いろんなタイプのライターさんと交流する機会があって、書くことのモチベーションはみんなそれぞれなんだなあということをひしひしと感じています。

 

ある人は書くことは麻薬のようなものだというし、ある人はセラピーだという。

じゃあ、私にとって書くことって何なんだろう。と、考えた時、それは、「影」のようなものかもしれない、と思うようになりました。

 

私も書くことを止めてしまおうかと考えたことがあります。しかし、やめることができなかった。

アディクションといえばそうなのかもしれませんが、もう一度考え直してみると、それは、ちょうど「影」のような存在なのではないかと思ったのです。

 

多分、もう私は一生書くことを止めることができないのかもしれません。

どうやったら、毎日ブログ書けるんだろう、と悩んでいる方にとっては、うらやましく見えるかもしれません。

 

何らかの事情で書けない、と考えると、ますます書きたくなるのです。

 

昔、心理学の本で、人は裸で真っ白い部屋に一人で閉じ込められたら、身体を傷つけて自分の血液で白い壁に何かを描き始める、という話を読んだことがあります。

きっと、私は、絵ではなくて文字、詩か、日記か、とにかくそれでもやっぱり何かを描き綴るのではないかと想像するのです。